人柱か無罪放免か

日本の昔の話と、外国の昔の話について。


「キジも鳴かずば、撃たれまいに」という話では、病気の娘に食べさせる為にした父親の盗みが、元気になった娘の歌によって発覚してしまいます。そして、父親は人柱にされてしまうのです。これは、盗みをしたことに対する罰というよりは、まさに人柱として犠牲になったというわけです。

 犀川の大水を防ぐために、人柱として生きたままうめられてしまったのです。
「しかし、たった一すくいの米とあずきを盗んだだけで、人柱とはな」
と、同情(どうじょう)する村人もいましたが、下手な事を言うと、今度は自分が人柱にされるかもしれません。

http://hukumusume.com/douwa/pc/minwa/10/12.htm


もうひとつは、「王様の耳はロバの耳」です。ギリシャ神話のミダス王の話や、イソップ童話で有名でしょう。王様の秘密を誰かにしゃべったら殺されてしまう床屋は、どうしても秘密を口に出したくて穴*1に向かって「王様の耳はロバの耳」と叫びます。
結果としては国中に知られてしまうのですが、それが逆に幸いして床屋は殺されないですみます。


二つの話は、秘密とそれがひょんなことから発覚してしまうという点では共通していますが、その後については全くといっていいほど異なっています。

*1:井戸という話もある。