63.2%の憂鬱(1)

プレゼント交換で、自分の持っていったプレゼントを受け取らずにすむ確率はどのくらいあるか。これは、簡単なようでなかなか難しい問題だった。最終的には回答をなんとか導き出すことが出来たけれど、そこにたどり着くまではいろんな回り道をするはめに。その長い道のりを、はじめから書いてみようと思う。


放課後の部室で、窓から校庭をながめながら考え事をしていた。何を考えていたのかというと、自発的対称性の破れについて、というかその例え話のこと。丸いテーブルに座っている人の席の間にコップが並べられていた場合、左右どちらのコップをとるのかは決まっていないけど、だれか一人が右のコップを手に取ればみんなそれにならって右のコップを取るというもの。しかし、もしこちらで右のコップを取ったのと同時に、向こう側で左のコップを取った人がいたらどうなるんだろうというのを考えていた。どこかでコップが余るかわりに、コップが取れない人がでてくるんだろうか。映画館の席のカップホルダーみたいに、自分の右の人が左のを使い左の人が右のを使っていたら、自分の使えるカップホルダーが無くなってしまう。対称性の破れが伝わる速度は、どんなに速くても光の速度は超えないはずだから宇宙のどこかで別の方向に対象性が破れる可能性はあるわけで…。


「ねえ、聞いてるの。」
その声で振り向くと、両手を腰に当てて少し怒ったような顔があった。
「いや、何?」
「何ってさっきから呼んでたのに。まあ、君がぼーっとしているのはいつものことだけどさ。」
そう言うと、彼女は右手で頭をかく真似をした。厳密には真似かどうかはわからないので、これば僕の想像だ。ついでに説明すると、ぼーっとしているという彼女の言葉もまた彼女の想像にすぎない。
「ほらまたっ!」
「いや、聞いてるよ。だから何の話?」
「プレゼント交換で自分のプレゼントを受け取ることって、どのくらいあるわけ?」
「確率の問題かな。」
「問題というか、今度うちの部の集まりでプレゼント交換をやるんだけど。知ってるでしょ。」
「ええと、クリスマスのだっけ。それで、自分のプレゼントを受け取る確率か。」
「まあそう。こういうの得意でしょ。」
「うーん。」
僕は少し考えた。確かに数学の問題は好きだけど、そんなに頭の回転が早いわけではない。限られたリソースを、自分の必要と思うものにふりわけているだけで、方向性は違うけれどシャーロック・ホームズの考え方に近いというか…。
「どうなの、ねえ。」
そう言って僕の顔を覗き込むようにした彼女の顔が近かったので、すこし体を引いた。
「自分が、ということなら簡単だよ。人数分の1の確率。」
「人数分の1、って?」
「つまり、5人でプレゼント交換したら5分の1ってこと。プレゼントが5個あって、そこから選ぶわけだから。」
「ふーん。他の人が自分のプレゼントを貰うのは?」
「それも同じ。5人なら5分の1、6人なら6分の1。」
「じゃあ全員が自分のプレゼントを受け取らない確率はどうなるの。」
全員の場合は、それぞれの場合を合わせればいいのか。5人の場合だとしたら、自分のプレゼント以外を受け取る確率が5分の4で、それが5人すべてに当てはまるとすると、5分の4の5乗か。ポケットから電卓を出して計算すると、0.8の5乗は0.32768で約0.3か。そんなに低いのかな。それに5人の場合の組み合わせは5の階乗だからこんなに半端な値になるはずが無いような。
「ねえ、どうなの。」
彼女が電卓を覗き込みながら言った。
「ちょっとまって。2人の場合なら、交換するか同じ物を持ち帰るか2つに1つだから2分の1。3人の場合は、ABCに対してbcaかcabの場合の2通りだから、3分の1か。そうすると単純にn人のときにn分の1でいいのかな。でもそれじゃあ、自分のプレゼントを受け取る可能性と同じってことか。」
「よくわかんないよ。もう少しわかりやすく説明して。」
「うーん、つまりこういうこと。」
僕は黒板の方に移動して、こんな表を描いた。

A子B子

「2人の場合はこんな感じ。A子さんとB子さんが持ってきたプレゼントaとbの組み合わせは、そのままか、交換するかの2通りしかない。ここまではいいよね。」
「2分の1の確率ね。でも二人なんだから、単純に交換すればいいのに。」
「まあそうだね。3人の場合はこうなる。全部で6通り。」

A子B子C子

「このうち全員が自分のプレゼントを受け取らないのは2通り。というのはわかるかな。」
「ええと4番目と、5番目?」
「そう。だから確率は3分の1というわけ。」
「じゃあ4人の場合は4分の1?」
「いや、それがよくわからないというか。4人の場合の組み合わせは全部で24通りだから、自分のプレゼントを貰わない場合が6通りならそうなるんだけど。どうかな、いやそうか。」
急にひらめいて、黒板に書きながら説明を続けた。
「3人で自分のプレゼントを貰わない場合に、4人目のD子さんのプレゼントdを加える。そのままだと、D子さんが自分のプレゼントになるので、誰かと交換する。これは誰でもいいので3通りになる。これが2通りのそれぞれについて成り立つので2×3で6通り。」
今度黒板に書いたのはこんなの。

A子B子C子D子

「この6通りだけだとすると確率4分の1か。多分これでいいはず。」
実は、これは全くの間違いだったんだけど、このときは思いつきに夢中で他の可能性を検討することさえしなかった。しかし、それはまた後の話。
「そうなんだ。それにしても全員が自分のプレゼントを受け取らないようにうまく分配されるのはずいぶん低い確率。」
「何もしないでランダムに配分したらね。だから自分のプレゼントが当ったらやりなおすとか、何か対策すればいいのかな。」
「うーん、じゃあその対策を何か考えておいて。お願いね。」
彼女はそう言い残すと返事も聞かないで、スカートをひるがえして去っていった。残された僕は、ぼーっとしてそれを見送っていた。この時は、本当にぼーとしていた。


(「63.2%の憂鬱(2)」につづく)